日本が“移民国家”になる前に考えるべきこと──共生・国土・企業制度のゆくえ

いま、日本社会のあり方が静かに揺らいでいます。
労働力不足や少子高齢化の対策として、政府は外国人の受け入れを加速させていますが、その動きは地方にも確実に波及しつつあります。

私は特定の思想や排除の立場ではなく、ただ一市民として、この流れに中立の立場から、懸念と問いを感じています。

目次

ビザ緩和・免許制度の簡略化が進む中で

近年、日本政府はビザ制度や運転免許切替制度の緩和を進めており、特に中国をはじめとする近隣諸国からの中長期滞在者が急増しています。
外国人の増加自体はグローバルな時代の流れとも言えますが、「制度が整っているから」「経済のためになるから」といった理由だけで受け入れが先行し、社会的統合や地域との共生が置き去りにされていないか、私は気がかりです。

30年中国と関わってきた者として感じること

私は30年以上にわたり、中国とのビジネスに携わってきました。
中国人の価値観、誠実な人も、そうでない人も、現地社会の複雑さも、身をもって見てきました。

その上で、今の日本の外国人受け入れの流れを見ていて、どうしても懸念せざるを得ません。
制度的には整備されつつありますが、本当に大切な“共に暮らすための土台”が築かれていないのではないかと感じます。

かつて努力して馴染んだ人たちの言葉

私の周囲には、中国残留孤児三世や文革を経て来日した人たちがいます。
彼らは、日本語を学び、偏見や制度の壁とも闘いながら、少しずつ日本社会に受け入れられるよう努力してきました。

ある日、彼らはこう語りました。

「最近の移住者は、努力しなくても生活が成り立ってしまう。
だけどそれは、地域と交わらずに済むということであり、いずれ社会を分断する結果につながるんじゃないか──」

共生とは“距離を取らないこと”ではないか?

異なる文化や価値観を持った人々が暮らすこと自体に問題はありません。
しかし、共生とは「ただ同じ地域に住むこと」ではなく、「交わろうとする努力」があって初めて成立するものではないでしょうか。

国土は“商品”なのか──売れるなら誰にでも譲っていいのか?

私は、不動産に関わる者として、ある疑問を抱くようになりました。

「我々日本人は、売れれば何でもいいのか? 金になれば、それでいいのか?」

空き家や農地、観光地の土地などが、いとも簡単に外国資本の手に渡っていく現実を見て、経済合理性の名のもとに、“国土”や“地域”の意味が形骸化しているのではないかという強い懸念があります。

もちろん、すべての外国人が悪意を持っているわけではありませんし、異文化との交流自体を否定するものでもありません。
むしろ問題なのは、それを受け入れる日本側の倫理・理念の欠如にあるのではないでしょうか。

本当に、今、私たちは“試されて”いる

外国人に限らず、土地を譲ること、事業を委ねること、そのひとつひとつの選択にこそ、“国のあり方”が現れます。

「この人に任せて本当にいいのか?」
「この土地を、この文化を、どう未来に残していくのか?」

その判断を下すのは、法律ではなく、私たち一人ひとりの職業観や国民としての自覚です。

政府や行政に対しても、同じ問いかけをせざるを得ません。
目先の経済対策として移民的政策を進める前に、文化・土地・国民意識という根幹にどう向き合うのかを、もっと正直に議論すべき時です。

新しい日本社会を、誰がつくるのか?

私の提案は単純です。
もし将来的に日本が移民国家のような姿に近づいていくのであれば、その変化の過程において、

必ず日本人が関与し、責任を持ち、方向性を舵取りする組織や仕組みが必要だということです。

それは政府だけでなく、民間や地域にも言えることです。
教育、ビジネス、文化のあらゆる現場において、日本人が単なる“受け身”や“放任”でいてはいけないのです。

移民か否かという言葉遊びではなく、
「どうすればこの国が長く続くか」「次世代に何を残すか」という視点を忘れてはならないと思います。

日中の「制度」の違いにも目を向ける

外国人の会社設立という観点から見ると──

比較項目日本での外国人会社設立中国での外国人会社設立(WFOE)
法的可否誰でもOK(国籍不問)業種により可(規制あり)
言語要件日本語が不要でも可能中国語対応必須(書類・交渉)
営業活動自由に可能許認可制、業種によって制限
資本金1円会社も可能業種により実質要件あり
不動産取得外国人でも制限なし一部地域で制限・審査あり
銀行口座開設比較的容易非居住外国人には厳格
法人格外国法人も日本法人設立可能許認可後に法人格取得可
制度柔軟性高い(自由市場型)国家の戦略と調和重視
国家主権意識薄い(市場中心)強い(統制・監視含む)

結論として

  • 日本は制度的には非常に開かれており、外国人でも企業設立・不動産取得がほぼ自由にできる。
  • 中国は制度としては一見開放的だが、実際には業種ごとの制限や審査があり、国家主権の意識が制度の根幹にある。
  • 日本は「自由だが脆弱」、中国は「制限的だが主権意識が強い」。
  • 今後の日本の制度設計において、「自由を守りつつ、主権を守る」という視点が不可欠である。
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